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ウララ

Author:ウララ
パドヴァ音楽教室がこの度東村山市に開講しました。
40年弱続いてきたイタリア・パドヴァ市のピアノ教室がこの度東京の西~~に開講いたしました。

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遠出が多い時期です♪

2017.05.27 22:28|ピアノティーチング
お久しぶりです。ブログでいろいろ書こうかな、と思っても、普段はガラケー人でして(笑)

ちょちょっとスマホから更新出来たら良いのですが、こうやって自宅でパソコンに面と向かわないとブログが書けない状況です。

そうこうしているうちに、どんどん新しい出来事が起きるので、書きたいことが溜まり、最後には書くのを諦める・・・という流れになっています(苦笑)

少し前になりますが、ピティナのステップin大津にて、たくさ~んの方々の演奏を聴き、一人一人に講評を書かせて頂きました。
そして先週は浜松にて、やはり100人近い演奏を聴かせて頂きました。
講評を書くのは結構好きです。アドバイス文章を通して、少しでもひとりひとりの気持ちに近づきたいという気持ちでいっぱいです。

昨日は、1~2か月に1回ほど企画しているティーチャーズレッスンin所沢ミューズの日でした。
ピアノの先生方4名がお集まりになり、一つのテーマを元にレッスンを繰り広げています。
現在、「ワルツ」「3拍子」というテーマを元に、クレメンティのワルツやその他、プーランクのワルツを掘り下げています。
20170525所沢

クレメンティと言えばソナチネ、というイメージが強いのですが、子供の頃、イタリアではクレメンティのワルツを弾いたり聴いたりしていて、馴染みがあります。日本ではそんなに取り上げられていないらしく、現在市販されているのも抜粋のみ。それならこのティーチャーズレッスンでしっかりレパートリーにしちゃいましょうか!ということで、作品38と39の両方がフルで入っている外国版を全員で取り寄せ、計画を進めています。結構な曲数がありますがメジャーな所はやります。

何処をどう調理して、どんな調味料をどのようなさじ加減で入れるか、ですが、解釈は料理と一緒で、煮るか焼くかでも大違いですね。ちょっとずついろいろ発見をしたり、自分の感覚を研ぎ澄ましながら、聴く人誰もがこの曲集を好きになる演奏に近づいていけたらと思います。クレメンティのおちゃめな部分を垣間見ながら、次回も再びクレメンティに取り組む予定。
このレパートリーをここまで取り上げているのは多分私達くらいでしょうか?(笑)貴重です。

掛川ティーチャーズレッスンも近々待っています。
こちらはグループではなく個人レッスンで、主にピアノ教室を営む先生方のレッスンをさせていただいています。
月1回GALA工房さんというところで開催しているのですが、ここの凄いところは、置いてある楽器のクオリティー。
調律も整備もちゃんとしている貴重なベーゼンやらスタインウェイがゴロゴロあります。

一番嬉しいのは、「ピアノを弾くのが最近楽しくなってきた」とレッスンを受ける方々がおっしゃって下さることです。

ピアノ教室で教えていると、なかなか先生ご自身の時間を見つけるのが難しくなることが多く、家族との時間との両立云々はさておき、生徒さんのレパートリーを研究はしても、自分のピアノと向き合うことが少なくなると言うお声を聞くことがあります。先生の仕事はピアノを教えることだからこそ、自分自身がレッスンを受けると、生徒達の曲の追求や教材研究では得られないものが確実に手に入るのが楽しくて幸せだという声が何よりも嬉しいです。

さて、明日も素敵なメニューがいっぱい!facciamo musica con gioia !

Urara
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パドヴァ音楽教室のブログのURLなど

2016.12.18 08:59|ピアノティーチング

パドヴァ音楽教室は12月最後の週が今年最後のレッスン!2016年を素敵に締めくくり、2017年もまた一緒に学んでいきましょう。

パドヴァ音楽教室ならではのアプローチ方法でこの半年~8か月ほど子供達と接してきました。
どんなに初心者の曲でも、何通りもある弾き方、表現の仕方、それを自分で考える力を引き出してあげるお手伝い、促してあげる言葉の掛け方と接し方を心がけています。私たちは幼少時期に日本を離れ、日本人でありながら外国で、現地人として過ごしてきた人生で学んだことは数知れずあります。言葉も音楽もコミュニケーションであるということを肌で感じてきました。

グローバルとか、インターナショナルとか、世界規模を表す言葉はたくさん存在しますが、次世代がもっともっと世界に目を向けて飛び立っていくきっかけが音楽との出会いかも知れないと思うと、ピアノレッスンを提供する側は本当に大きな喜びと同時に責任も感じます。パドヴァ音楽教室ではピアノだけではなく、イタリアの小学校のこと、ドイツの日常的な出来事の話し、絵画を通して感じる時代風景など、いろいろな目線でもって、子供達そしてもちろん大人の生徒さん達に世界の国に興味を持ってもらいたいと思っています。

◆パドヴァ音楽教室◆のブログもよろしく!(←クリック)

(体験レッスンは現在予約待ち状態です。ご興味のある方は電話及びメールにてお問い合わせください。ただし電話の場合は自動録音なので必ずお名前とお電話番号を録音して下さい。折り返すシステムを取らせていただいています)

子供のころ教わっていたイタリア人先生の話

2016.12.03 22:00|ピアノティーチング
我が家に来る先生達に対して、子供への教え方レクチャーはあえてしません。
そもそも教え方と接し方は一体化していますし、何かを伝える方法や口調は自力で編み出すオリジナルのもの。相談やアプローチはレッスン中に一緒に会話しながら解決法を模索したり、たくさん会話します。

「内容があっても伝え方が下手なら伝わるものも伝わらないです。それにピアノの先生とピアニストは違うので少しでも時間があったら自分の練習時間を削ってでも子供達へのアプローチ方法の研究をするべきです」という先生もたくさんいるということも耳にしますが、確かにコミュニケーション力はないよりある方がよいですね。

実体験話になりますが、当時小学校高学年だった時にイタリアで最初についていた中年男性の先生が無口で、性格も頑固でして。一言で言えばトーク力、ゼロ。それに加えて当時の私は中身が子供、音楽も習い事の延長だったから専門的な構えも知識もなし、さらにイタリア語理解力もイマイチでした。

それでも、レッスンは毎回充実していました。先生が伝えたかったこと、分かりました。先生の情熱も子供の私は理解出来ていたと思います。先生が実際に出す音色や顔の表情、前後のニュアンスからキャッチしていたのだと思います。まあ、いろいろ言葉で言われてもどっちみちイタリア語分からなかったし(笑)トーク力なくても内容があり、先生の信念があると伝わるということでしょうか。

必ずしもトーク力がレッスンの濃さや質と比例するわけではないという経験。語学と一緒で、ボキャボラリ―ではなくコミュニケーション力、なのでしょうか。あ、あくまでも実体験の話しです。誤解のないように、人間ですから言葉はもちろん大事です♪

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ピアノを弾く意味

2016.12.01 22:00|ピアノティーチング
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「ピアノ教師なのだから、少しでも時間があったら自分の練習時間を犠牲にして教材研究に時間を使うべき」というような内容のお話を他所のブログで読んだことがあります。

門下生のほか、地方出張レッスンや掛川のコース、その他関わっているピアノの先生方には「是非ご自身のピアノ追究を!」というお話しをします。
さらに、子供(生徒さん)のための選曲弾きをピアノ練習と呼ばないよね、とも話し合っています。

先生がピアノを勉強し続ける必要性そのものに疑問や先入観があるというのには驚きましたが、まあ何がそれが良いとか悪いとかじゃなく、いろんな人間がいて逆に面白いなーと思う次第です。

「ダメ出しされることが学生時代のピアノレッスンだったんですよね~」という話も聞いたことがあります。目からうろこです。レッスンとは、知らないことを知る変換タイムであって、出来てない部分を指摘されるためにわざわざ先生の所に行きたくありません。そもそも弾けてない部分は自分が一番よーく分かってるし(苦笑)

ピアノレッスンとは何か?とか、ピアノを弾くという定義が人それぞれ違いますね。

ではまた~  U
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目的のために手段があるのであって、手段が目的ではないです

2016.11.30 22:00|ピアノティーチング
sozai_32211.jpg

音楽を外国語に例える内容の記事を別ブログでも最近書いたような気がしますが、今日もまた似たような話題で(笑)

RとLの違いが今でも聞き取れない母に「なんで聞こえないの??じゃあ例えばTAとMAって同じに感じる?」と言うと、
「TAとMA?この二つの発音は唇の形も違うし似ても似つかないわ。」と母。
「それと同じくらいRAとLAは全く違うよ~!」

なんで分かってくれないのかが分からなかった子供の私は母をちょっぴり攻めていた(?)時期がありました。

母曰く、「R」と「RU」(母音のありなし)の違いも対して感じないらしいです。

考えてみたら、イタリアの小学校でアルファベットを学ぶ時に子音を一つずつ丁寧に発音させていたことを思い出しました。子音に母音がくっつくと違うものに変換するとずっと子供の頃から洗脳されてきたわけです。

これって特別なことじゃなく、単に長期間耳と口の訓練したから普通に聴こえるだけということです。

子音と母音の扱いは、先生が大きな口を開けてわざわざ舌の位置を示してくれていたかな。小学校の担任の顔芸満載な授業風景を思い出す今日この頃です。

言葉を正しく発音することを覚え、その組み合わせによって意味のあるフレーズを作成し、それに伴う内容を加えて行きながら少しずつ語学能力が上がって行きます。

音楽で言う導入期が初期段階のアルファベット授業。この時期はもちろん大事ですが、アルファベットを学ぶ目的は?本を読めるようになること、作文を書けるようになることだと思います。本を読む理由や目的は?本を通して教養を深めること?コミュニケーションのため?意志を伝えるためや日常生活を送るため、理由はいろいろ。生きていくために言葉が必要ですものね。

10年勉強しても人と会話が成り立たない日本の英語教育の話題がよく出ますが、単語の数をどんなに知っていても補えないコンプレックスってどこにあるのか。。。机の上では学べないところって何?それはきっと会話力やイエスとノーの答えるタイミング、相手の質問にフィットする答え方、もちろん会話そのものの「間」も、発言のタイミングもですね。

語学リズム感がないのがもしかしたら日本人?そもそも会話中に大きな声出さないしクライマックスを作らないし。イタリア人は両腕ガンガン動かすし表現も大げさにも感じるのはそんな語学がかもし出すリズム感の違いかな。

そして語学って、ある程度用が足りるくらい通じるようになると(=なんとか買い物で店員と意思が通じる、乗り物に乗れる、生活にも困らないような温い状態」)実は次のステップアップが難しいんですよね。

語学も音楽も、目標・目的が欲しいところです。そんなことを、ピアノティーチャーズ達と雑談しました。

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